旅するとき、私はその土地のお香を探します。金沢の老舗お香店「香屋」で、丁寧に試香をさせていただく中で、心が引き寄せられるお香がありました。
香りで気を動かし、沈香で気を納め、金で気を定着させる香。それが「加賀之花」。
金沢の香屋で出会った、金箔をまとうお香「加賀之花」
金沢・香屋で手に取ったお香「加賀之花」は、ひと目でこの土地の美意識を語りはじめました。
表面には細やかな金粉がほどこされ、まるで掌に収まる工芸品のよう。焚く前から、すでに雅。けれど、きらびやかに主張することはない。
その控えめな華やぎは、金沢という街が長い時間をかけて育んできた「静かな贅沢」を思わせる。

香りの核にあるのは沈香。
甘さとほのかな苦みが溶け合い、鼻腔の奥でゆっくりとほどけていく。心を急かさず、ただ静かに場を整える、まろやかで落ち着いた香りです。
沈香の効能とは?深い静かな鎮まり
古典には、沈香について
「沈香の効能、降逆の功ありて、破気の害なし」と記されている。気が上にのぼり、落ち着かなくなったとき、それを無理なく鎮め、そして気を壊すことはない。
さらに掘り下げると、沈香には「温腎納気」という効能があるとされる。
上衝した気を、へそのあたりまでそっと引き下ろし、体の中心に納める。だから沈香の香りを感じると、人は自然と呼吸が深くなり、心が静まる。確かに整える。その絶妙な作用こそが、沈香の奥深さなのかもしれない。
「加賀之花」の沈香は、主張しすぎることなく空間に溶け込み、人の内側だけを、そっと整えていく。
金箔のきらめきとは対照的に、香りはどこまでも穏やかです。
なぜ金沢は金箔なのか?金城霊沢と「金の沢」の物語
金泊をあしらったお香と出会ったことで、金沢が金箔の街となった背景を少し調べてみると、一つの古い伝説を見つけた。
兼六園のかたすみに湧く泉、「金城霊沢(きんじょうれいたく)」。
その昔、芋掘藤五郎という男がこの湧き水で芋を洗ったところ、砂金が現れたという。人々はこの場所を「金あらい沢」「金の沢」と呼び、やがて「金沢」という地名になったと伝えられている。
現在では金運のパワースポットとしても知られているが、この土地にとって金は、単なる装飾ではない。土地の記憶であり、物語そのものなのだ。
器や菓子、化粧品、そしてお香にまで金箔があしらわれる理由も、金沢にとって金が「特別なもの」ではなく、「身近な縁起」であったからなのだろうと想像する。

金箔の効能とは?人はなぜ金をまとうのか
金箔は工芸品に使われるだけでなく、古くから口にすることもあった。
古典には、次のような記述が残されている。
「食金,镇精神、坚骨髓、通利五脏邪气,服之神仙。尤以金箔入丸散服,破冷气,除风」
金を食すことで精神を鎮め、骨髄を満たし、五臓の邪気を通す。金は、精神を安定させ、五臓を整え、命を長らえさせるものと考えられてきた。未加工の金には毒性があるが、精錬し、加工することで無毒になる。
そんな観察記録が残されているのも興味深い。
そもそも金は、腐らず、錆びず、変質しない。
この世で最も安定した物質のひとつとして、「天地の精」を宿す、不変の徳を持つものとされてきた。
だから人は、金を身につけ、口にし、香にまでまとわせたのかもしれない。移ろいやすい心や体を、変わらぬものにそっと預けるために。
金箔をまとう「加賀之花」の香りは、心が迷わないために焚く。